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2013年のまとめ [生活]

年末恒例ブログの更新をしようと思ったら
ログインできず(長い間更新してなかった間にログインIDが変わっていた・・・。)
半日かかってしまった。

やたらと病院に縁があった2013年前半を終え、その後どうなったか。

ちゃんとお参りにも行き、厄除けのお守りも買った。

が、後半(7月に)入り、その爆弾はいきなり落ちてきた。


実母、乳がん(ステージ3以上)の告知。
離れて暮らしてる実家の母は、今年弟の結婚によりひとり暮らしになり
仕事も辞めたところだったので気になっていたしこりで受診&検査したらしい。

すでに痛くて眠れないところまできていて、手術ができない状態。
(触らせてもらったとき、鉄でできた卵が入ってるかのようだった。)

連絡を受け、次回の通院に同行し病状説明や治療方針の説明に同席することになった。

乳がんのことに詳しくなかったので本を買ったりネットで調べたり
ちゃんと理解できるように頭に叩き込んでその日を迎えた。

うちからその病院まで新幹線&ローカル線の乗り換えを含めると3時間近くかかる。
それでも4年前の実父急死で、自分の無力さを知った私は
やれることは全部してあげるつもりで母に付き合った。

今後、治療の節目には同席することになった。

お酒も飲まず、煙草も吸わず、質素な食事でつつましく暮らしていた母が
なぜこんな目に遭うのだろうと本当に泣けた。

大体月1度くらい病院に付き合い、抗がん剤で苦しむ母の愚痴を電話で聞いたり

医療用ウィッグを買って送ったり。

そんな半年を過ぎ母の手術は来月に迫った。

先月からがんセンターに転院し手術前の検査に入ってる。

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私のほうは5月の初めに受けた人間ドッグでいくつか経過観察項目があったが
その中で「貧血」「子宮筋腫」について今大変。

ドッグで「鉄のサプリでも飲んで」と言われ3か月飲み、8月近所の内科で血液検査をしてもらった。

・・・貧血悪化。かなりのレベル。

正式に鉄剤が処方され治療が始まった。
が、「筋腫が原因だとするともとを治さないと」と言われ更に3か月以上渋り
重い腰を上げてレディースクリニックへ。

この時期になると、筋腫原因と思われる多量出血でかなり苦しんでいたのだが
この病院に変えてからすぐに大きな病院へ紹介でMRIを受けた。
結果がクリニックに回され、今度は内視鏡をやりに行くことになった。
MRIを紹介されたとき「たぶん手術することになると思います」と言われているので
そっちにむかって進んでいるのだろう。

手術するまでは症状は改善難しいので漢方が出てます。

母のことがあるので自分のことに身が入らず・・・。

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モモちゃんの脂腺母斑の手術が来年の3月に決まったので
先週手術前の検査を受けました。
血液検査で採決したので大騒ぎでした。

どうなんだろう。
入院中24時間付添必要なのかな・・・。

モモちゃんに関してはできることも増えたし
褒めどころもあるのだけど困ったところもたくさんあり。

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りょうくんは、たぶん賢い。
想像力も発想も豊か。
感心することが多く、期待もしちゃうが…とにかく「ヘタレ」

しかも外出先でいまだに「おじょうちゃん」と言われる。

秋に紫斑病が再発し病院でことばの教室をすすめられた。

「さ行」が「た行」になってしまう。

サンタさん→タンタタン
せんせい→てんてい

など。

ことばの教室の入室試験を受けたが「まだ早い」と却下。

モモちゃんも病院で言語訓練を受け始めたので
ちょっとスケジュール的に無理だったからよかったような。

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最近、健康だったクーは昨日から吐きまくり
今日1日おかゆでした。(昨日はスポーツドリンク

たくさんおしゃべりも増えましたが、言いたいことや覚えたことばを
変なタイミングで口に出すので周りは困惑しています・・・。

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そんなこんなで病院・子供の行事などで振り回されてた1年でした。

明日は実父の4回目の命日。

ああ・・・・年賀状がまだ投函されずに手元にあります。
明日には絶対ポストに入れるぞ。



ホッピングに注意!

前からおもちゃ売り場で買おうか迷っているものがありました。

自分が子供だったとき、かなり遊んだ覚えがある「ホッピング」

子供たちもやったら楽しいんじゃないかと。

で、3月24日。
ついに買ってきました!

でも、モモちゃんはすぐにやりたかったようで早速チャレンジしていましたが
全く出来ず・・・。

私が子供のとき(30年ほど前)はかなり得意で両手離しもできたはず。

見本を見せることにしました。

あのころと比べるとだいぶ体は重くなりましたが
ぴょんぴょんとかなり上手にできました。

モモちゃんとパパから感心されちょっと得意げなマサッキーは
「こうすると前に進むんだよ~」と前進しようとしました。

が、すごい勢いで後方に倒れました。

家のバイクガレージの前でやっていたのですが
転倒し一瞬何が起こったかわからないマサッキーは
後頭部を触るとこぶのようになっており
手を見ると血が・・・。

「頭、血が出た」

と、パパに訴えると傷口確認。
「あ~、これ結構深いよ~。」

マサッキーは頭の中の整理がつかない・・・。

その後、マサッキーは傷口を抑えたまま助手席に乗り
休日当番医に運ばれました。

骨の手前の脂肪が出ちゃってる感じで傷は小さいが深いとのこと。

傷の周りを最小限に毛髪カット。
何か忘れたけどスプレーをかけ、消毒を5回念入りにして麻酔の注射をし
2針縫いました。

ちなみにこの間痛みとかは感じなかったです。
もともと注射には慣れてるし、もっと痛い思いはしてるし。

翌日再度消毒に行き、その後一日おきに消毒へ。
抜糸までの1週間髪は洗えず・・・。

消毒で通院した際、毎回変わった様子はないか聞かれるのだけど
「あたまがかゆいです」と答えるだけでした。

水のいらないシャンプーとかも買ったのですがすっきりせず。
しかも寝る向きも限られるし。
ああ、なんて不便。

そんなこんなで4月1日月曜日。
やっと抜糸でした~~~~~。
もう、幸せで幸せで。
3回もシャンプーしました。
でも傷の周りは慎重にやりましたよ☆

本当は3月30日に法多山に厄除け団子を食べに行こうとしていたのですが
りょうくんのアレルギー性紫斑病がぶり返しまた浮腫みが出たので
安静を仰せつかり中止。

傾向から行くと奇数月要注意な感じなので、5月になる前にしっかり厄払いしたいです。



いろいろあって(その3 アレルギー性紫斑病(血管性紫斑病))

ももちゃんのインフルエンザが完治し治癒証明書をもらった日(1/28)の夕方でした。

風呂に入る前にりょうくんの服を脱がせていると
「ん?」

大きな虫刺されあとが5つくらいありました。
直径2.5センチくらいのもの。

「今冬だしなぁ。ダニ?」
それにしてもひどかった。

まあ、私がダニでも家族の中で一番おいしそうなりょいう君を食べるだろう。

と、お風呂上りに結構強力な虫刺され用塗り薬を塗った。

翌日、色が落ち着いていたので。
やっぱり虫刺されだよな。
と思いました。

さらに翌々日、お風呂に入るまで「ギョ」っとしました。

ふくらはぎ、太ももに虫刺され?あとが無数にできています。

「う~ん、りょうくん。どんだけ刺されるの?」
しかもボコボコ膨らんでるし。
そのわりに掻かないのはかゆくないのか?
「明日、皮膚科に行こう。」

と、育児サークルの役員さんに明日のサークルを欠席するというメールを送ると
「うちのこも虫刺されと思って病院行ってみたら水ぼうそうの時があった」という話になり
「水疱瘡かぁ」とネットで画像探しましたが「なんか違うと思うけど」

と、内科に行きました。
インフルエンザが猛威を振るってるころでむちゃくちゃ待たされましたが、先生は一目で水ぼうそうではないし虫刺されではないと判断。

総合病院へ紹介状が書かれました。
その足で総合病院へ。

血液検査の結果が3日後の2/5月曜日ということで再受診することにしました。
それまではとにかく安静にしてくださいとのこと。

調べてる内容とりょうくんの症状で検索するとかなり一致する病名がありました。

アレルギー性紫斑病」

この病気の闘病ブログなどを読みました。
「う~ん。みんな入院してるよ~」
「しかも、完治に何か月もかかってるよ~。」

土日を悶々として暮らしました。
りょうは、両足のあざの症状以外に足の甲の浮腫(かなり重度で歩けなくなりました)が発生し
嫌でも安静にするしかありませんでした。
トイレも抱っこ、移動は全部だっこで通院はベビーカー。

紫斑は安静にすれば消えていき、ちょっと動けば新しい紫斑が現れる。

ひどい浮腫は両足と左手に現れ、腫れが引くまでに5日間くらいかかりました。
腫れが引いた後は、安静にしてくれず紫斑だらけです。

月曜日の血液検査の結果からアレルギー性紫斑病(血管性紫斑病)の診断で
しばらくは毎週尿検査に通うことになりました。←先走って入院の支度してきた。

一応、腹痛が無いのが救いでひどい人はすぐ入院なのですが幸い尿検査もパスし
経過観察を三か月続けることになりました。

治療法は「安静生活」だけですが三歳児の男の子にそれは無謀な注文なのでした。

そして発症からずいぶん経ちますが今日も新しい紫斑がボコボコ発生しているのでした。

4月から幼稚園・・・行けるよね?



いろいろあって(その2 左手中指剥離骨折) [骨折]

先週の火曜日で3週間経過したということで、中指のリハビリが始まりました。

先生が私の指を使って見本をやってくれました。

そのたびに「いてててて」と泣きそうでした[ふらふら]

この骨折、忘れもしないけど忘れたい2013年1月13日(日)のことでした。

温泉好きの双子たちが温泉行きたいと朝からうるさく
去年まではパパが二人連れて温泉に行っていたのですが(男湯に)

モモちゃんも2年生だし男湯ダメじゃん、りょうくんもとっくにおむつ取れてるので全員で
行けるじゃん。

と、気が進まないマサッキーも駆り出されネットで温泉のホームページをぱぱっとチェック
支度して出かけたのでした。

パパ&双子は何度か来てるところですがマサッキーは初めて。
モモちゃんと女湯に行きました。

混んでます。
駐車場から混んでましたが最初に体を洗うところ(シャワーとかついてるところ)に向かったけど
空いてない。
入口のサウナの横にあった桶でお湯をかけて流すところがあったので
ここで流せばいいかとモモちゃんの体にかけ、自分の体にかけ浴槽に向かった。

空いているところがあったので、「ここに入るか」とつかりかけると
視線の先の壁に「タオルをお湯に入れないでください」と書いてあった。
前を隠してたので「危ない危ない、タオル入れちゃいけないんだ」と浴槽のふちにタオルを置いた。

温泉てなんて静かなんだ?しかもこのピリピリした雰囲気は何?と思っていると
近くにはいっていたおばあちゃん集団の一人に「髪の毛しばってない」ことを強く注意された。

ほんとだ「長い髪はしばりましょう」とも貼り紙してあった。

自分が縛っていたのでモモちゃんが縛っていないことにうっかり。
まず、髪と体を洗うつもりだったので縛ってこなかったのだ。
モモちゃんも何を言われているかよくわからなかったと思うが自分が何か言われているのは
わかったのか固まっていた。
「モモちゃん、待ってて。髪に巻くタオル持ってくるから。」と
急いで仮置き場にタオルを取りに行き戻った時、足を滑らせたマサッキーは宙を舞いました。

それは一瞬の出来事。
浴槽付近だったため勢いよく浴槽に飛び込むとになってしまう。
「いい歳してお風呂に飛び込むなんて」などとまたおばあちゃんに言われるのは嫌だった。
とっさに左手をついて体を止めようとした。
浴槽内の半身浴気味になる腰かけるところのどこかについたのかよくわからないのだが
結局、ジャボン!!という感じに滑るように浴槽内に落ちた。

そして左手の指に激痛。
中指の側面から血が出ていた。
指を伸ばした状態の左手を右手でギュッと握っていた。

痛みと恥ずかしさでフリーズ状態の私。
「ママ大丈夫」と心配そうなモモちゃん。
そこに信じられない言葉が浴びせられる。

髪を注意してきたおばあちゃんが
「ほら、バチがあたった」

耳を疑うセリフだった。
でも、そこで「モモちゃんの頭にタオル巻かなきゃ。」

左手が痛くて使えない。
モモちゃんの横に座っていた優しそうなおばさんが、手伝ってくれて何とか巻けた。
再び固まっていると、
「ママ、まだ入ってるの?体洗いたい」と言うので、洗い場に移動。
何とか1か所空いていたのでそこでモモちゃんの髪を洗い始めた。
が、「気持ち悪い」と顔面蒼白のモモちゃん。

崩れ落ちたので、出ることにしました。

入口から更衣室に入るところにスタッフの人がいて
「湯あたりみたいで倒れちゃったんですけど」というと
マットを敷いてくれてそこにモモちゃんを寝かせバスタオルを掛けてくれました。
私は左手が痛く、体にかるくタオルを巻いた状態でモモちゃんのそばについていました。

スタッフの人と話をしながら「私も転んで指を怪我しちゃいました」というと
消毒して絆創膏を貼ってくれました。
モモちゃんは水分補給をしてもらい顔色がよくなったので
「着替えて、この子の支度もしてくるのでちょっとロッカーに行ってもいいですか?」
とお願いしてパパッと行ってきました。

モモちゃんにパンツを履かせ恥ずかしくない程度に着替えた後、歩けるようになり
待ち合わせの時間まで通路のベンチに座っていました。

そこにうちの男湯組が楽しそうにやってきて
「どうだった?」とパパに言われました。

「今ここで、何があったか話したらたぶん泣いちゃうけど・・・。」と言いながら
子供の前で泣いてしまいました。

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翌朝、左手手のひらと中指が内出血。
中指は1.5倍くらいに腫れていました。
祝日で病院がお休みだったので傷口には傷パワーパット、腫れには家にある湿布を貼りました。

さらにその翌日、隣町の整形外科へ。
レントゲンを撮ると中指の付け根の部分が剥離骨折していました。

温泉事件以来、温泉に対してすごいトラウマ。
温泉番組見ると吐きそうになる。
心の傷、深いです。

骨折判明から2週間経過したとき、骨折部分でなく第2関節が痛いし腫れているので
訴えると「ここは靭帯損傷だね」と言われました。
とにかくすごく不便です。

それから呪われたように不幸続きですが、ブログネタには困らない状態です。



いろいろあって…。(その1 インフルエンザ)

ちなみに今の状況は、

一番初めに発症したパパが会社本日復帰。
二番目に発熱したモモちゃんが4日目にして平熱へ。
私とりょう君はモモちゃんの翌日発熱したがタミフルのんですぐ解熱。
今日は三人で自宅謹慎してます。

クーはモモちゃんがインフルエンザA型の診断受けた時点で
祖父母の家に隔離。
一人生き残ってます。

パパが会社の上司からもらったインフルエンザが家の中に
見事拡散されました。

うーん。
家族5人で2万円以上かかった予防接種。
やらなかったらもっとひどかったのか?

モモちゃんが長引いたのはリレンザの吸入ができなくて(いくら吸えと言っても吐く)
粉のタミフルいやだというので残念です。

クーがこのまま感染しないといいな~。

この頃、健康面がすごくついてないのでお祓いか無病息災のお守りほしいです。

マサッキーの左手中指が剥離骨折しているという話はまた今度、
治って動くようになったら書こうかな?
ちなみに先月なった顎関節症は完治しました(気をつけてはいるけど)



その後2 [ちびネタ]

そうです。
もうひとりいます、末っ子のりょうくん。

来年は幼稚園に入りますがまだ未就園児の2歳です。
男の子を産んだはずですが10人中10人が「おんなのこ?」
なセミロングちゃんでした。

先月末から未就園児サークルに入ったので髪を切らねばと思いましたが
今日、前髪のついでに全体を減らしました。
まだ女の子っぽいですが、話し方と仕草が女の子っぽいので仕方ないです。

きっと入園したらちゃんと男の子になるでしょう。

無茶苦茶甘えん坊です。
すこしでも叱ると「おうちはどこでっか~?」(←何故か関西風)と泣きます。
説明すると長いのですが童謡『犬のお巡りさん』の歌詞を抜粋してるらしく
「あなたのおうちはどこですか・・・なーいてばかりいる子猫ちゃん」
あたりから悲しいときこの歌詞がでちゃうみたいなんです。

昼寝からの寝起きは悪いしたちの悪いやつですが、とにかく上の2人より
発達が良いので楽です。
トイレトレーニングも今年の2月あたりにぽんぽんぽーんっと成功し
1週間くらいでほとんど失敗しなくなりました。
上の2人、何年掛かったっけ?
ことばもおしえたわけでもないのに勝手に覚えてるし
いろんな会話が成立するし。
これが当たり前なのかもしれないけど努力して努力してやっと
上の2人が身につけるスキルを、りょうくんはあっというまに身につける。

すごいなぁ。
なんかこどもってほんといろいろなんだろうな。



その後1 [ちびネタ]

恐ろしいことに、最後に書いて余裕で1年。
ブログやってることも忘れていたくらいです・・・。

去年の今頃は、モモちゃん&クーが新入学ということで
バタバタでした。

その一年間どんなだったかというと、
クーは新しい環境で驚くような伸びをしました。
ええ、本当にもう・・・学校で見る彼は別人でした。

参観会のたびに腹が立つくらいよい子なんですよね。
え?こんなこともできるの?と、家では考えられない動き。
入学するまでは家でも園でも全く同じ多動&意味不明っぷりだったので
学校と使い分けられるようになったのも驚きです。

モモちゃんの方はモモちゃんの方で頑張ってました。
名札の安全ピンが先端恐怖症(?)で未だに出来ませんが
字も上手になってきたし、本読みも上手にやってます。

が、なんでしょう・・・。
数の概念があまりにも欠如していて算数、すごく苦労しました。
チャレンジ一年生も、国語はできるのに算数が全然なので今はやってません。

入学してすぐに担任の先生でない別のクラスの先生に
ものすごくだめ出しばかり受け(モモちゃんでなく母親の私が!)
鬱状態もひどくなり、最後にはキレました。
それからはきつい言い方もマシになりなんとかわたしもやってきました。
でもモモちゃんはその先生が大好きだったのでこの春転勤していった彼女に
お手紙を書いていました。(謎の文章でしたが)

本当ならば小学生になれば朝早く勝手に家を出て歩いて学校へ行き
終われば勝手に学校から家に帰ってくるのでしょうけど2人とも車で送迎。

モモちゃんに至っては去年まで教室まで迎えに行ってました・・・。
(しかも3日に1回は忘れ物を届けに行きました)

今は学校の駐車場までですが、結構大変です・・・。

クーは車で15分弱くらいのところにあるスクールバスのバス停までの
送迎ですが行きがパパ帰りがじいじに行ってもらうことが多いです。

話はかわりますが、モモちゃんがたまごっちにはまっています。
去年の12月に誕生日プレゼントであげたのですが(クーとモモちゃん色違いで)
クーはキッチンタイマーの方が良いらしく、たまごっちは時間を変えて遊ぶだけ。

モモちゃんは逆に頭の中がたまごっちでいっぱい。
意外に使いこなしたのでビックリですが、口から出ることばがたまごっちの話ばかりで
うるさいです。
やたら質問してくるので私もクーの分を育てることになり
モモちゃんがみそ汁に落とし買い換えたたまごっちと修理で交換になって戻ってきた
たまごち合計3個のたまごっちの管理を学校に行ってる間やる羽目になっています。

それでも、2人とも1年生の間欠席が1回か2回くらいで過ごせました。
小学生になれば楽になると思っていた私にとってかなり誤算もありますが
病院に行く回数はかなり減ったのでした。



おじいちゃん

今日はクーのお別れ遠足の付添でぐったりな上に
朝から頭痛で死にそうだったのですが、
遠足の昼食中に弟から電話が・・・。

「おじいちゃん、死んだ」

おじいちゃんは去年の夏くらいまではとても元気だったのですが
秋に転んで(?)緊急手術入院してから
あっという間に寝たきりになってしまいました。

認知症も進んでいたらしく(最後に会ったのは2年くらい前でしたが
全く認知症の様子はありませんでした)要介護4だったそうです。

ここ1ヶ月くらいで認知症であるとか、自宅を出て温泉病院に入院しただの
報告を受けたばかりだったのですが
お見舞いに行くこともなく今日の連絡を受けました。

母にしてみればここ1年ちょっとで夫と実父を失ったことになり
心配です。

おばあちゃんのことも心配。
糖尿病がひどいみたいだし、昔から足も悪いし。

実家もおばあちゃんちもここから遠いので葬式に行くにも
一苦労です。
明日お通夜、明後日葬儀ですが「こどもも小さいし遠くて大変だからいいよ」
と気を使われました。

とんでもない。
同居はしてなかったけど私は「初孫」でありかなり可愛がられていたのに。

「絶対行く!」
と答えましたが行けたとしても葬儀だけです。
車で東名高速使っても片道3時間半。
私は高速道路の運転無理だし、ダンナは仕事休めても1日だし。

こども3人は連れて行けないのでまたりょうくんだけ連れて行こう。
モモちゃんとクーは厳粛な場ではとても過ごせないので。



もう1年 [ちびネタ]

前回、いつ書いたんだろうと久しぶりにきてみると
「そこで終わりかい!」
ってとこで放置して丸1年以上ですか?!

良かった、まだ残ってて。

全く時間がなかったわけでもなく、ブログ書く時間くらいはあったと思うのですが
その時間帯は提出書類の作成やら調べ物やら。

働いているわけでもないただの主婦ですがどうしてこんなにも
忙しいのでしょう?

今年の4月から上の子2人が就学します。
小学校にはいるとラクになると言いますが、
多分うちの場合無理でしょう・・・。

その就学が決まるまでも長い道のりでした。
うちから歩いて通える小学校には2人とも進学できず
モモちゃんは発達支援学級のある小学校へ。
クーは特別支援学校へ。
それが教育委員会との教育相談で通知された2人の行き先でした。
決めるのは保護者ですが「お子さんのためにはその方がいいと思います。」
と言われれば、なんだか他の選択したらこどものこと考えてないみたいな
気がして結局その選択になりました。

ただ、指定された学校は1年以上かけて却下。

ほんとにおかしなことなんですが、
幼稚園のお友達が普通に進学する地元の小学校には
発達級が無く、この学区の発達級志望の子が進学する用に指定される小学校は
車で20分以上かかるんですよね。
車で10分ちょっとのところに発達級がある小学校があるのに・・・。
近いのに申請して通らないと通えないんです。

モモちゃんに関しては小学校の普通学級でも行けたと思います。
ただ理解するのに時間が掛かるというか、1,2年が限度だなと思ったので
途中で転校するよりも傷が浅いだろうという選択でした。
本当に悩みました。
とても良い幼稚園だったし、こどもたちもすごく優しくて
モモちゃんのことを助けたり励ましたりしてくれました。
たくさんの刺激をもらってすくすく成長したと思います。
幼稚園と併行して療育も力を入れました。
週に1回車で30分の小学校に「ことばの教室」に通級。
2週間に1回、訓練施設でレッスンを受け、
発達医療センターで月1心理科受診、3ヶ月に1回精神科受診。
その他、眼科やらなにやら定期受診はあるのだけどモモちゃんは年長になってから
嫌がらずになんでも精力的にこなしました。

起きてから寝る直前までしゃべってる感じなのですごく疲れますが・・・。
こどもの中で一番時間を費やしました。

進路についての選択は良かったのかどうかわかりませんが
あの子ならどこでも順応すると思います。

クーの学区にあたる特別支援学校は車で1時間近く掛かるところにあります。
でも学区外に車で25分の特別支援学校があるのです。

学区ってなんだよ・・・。

特別支援学校にはスクールバスがあるのですが
そのバス停も学区→車で25分
学区外→車で12くらい。

何かあって学校に迎えに来いと言われたら往復2時間です。

1年以上前から両方の学校に何度か足を運んで家庭の置かれている
状況を説明したり、資料を出したりして
やっと先月の頭くらいに入学許可書が来ました。

もう、近いところに行けばいいじゃん。って思うんだけど。

これで末っ子が問題なく成長していったら
子供3人小学校が別々です。
体操着も上靴も何もかも違います。

モモちゃんは学校まで毎日車で送り迎えだし、
クーはバス停まで毎日車で送り迎えだし。

1年も経ったので末っ子もだいぶ変わりました。
歩くし、走るし、しゃべるし。
よく食べる
おにいちゃんとお姉ちゃんの残したものを全部
処理してくれるのでどんどんでかくなり
5歳離れているクーと体重が2キロしか変わりません。
りょうくん12キロ、クー14キロ。

来週1歳半健診ですが(実際には1歳8ヶ月)心配なさそう。
多分、平均よりも色々な意味で上回っていそうです。

男の子より女の子が欲しかったのですが
今は可愛くて可愛くて仕方がないりょうくん。
だって、すべてがやわらかくて気持ちいい。
モモちゃんもクーも痩せていたので
今までにない抱き心地に癒されています。



壮絶な年末年始

あけましておめでとうございます。

去年の暮れはモモちゃんがインフルエンザになってしまい大騒ぎでした。

薬嫌いのモモちゃんですがタミフル5日間飲ませなくてはいけなかったので
悩みに悩んで「コーヒー牛乳」に混ぜたら飲めたんです。
ああ良かった。

元旦の朝、義父母の家で新年を迎えていました。

午前7時頃だったか、マサッキーの実家からダンナ宛に電話が来たのです。
(?なんで私じゃないの?)と疑問でしたが
ダンナが電話口からなかなか戻ってこないので想像をふくらめていました。

おばあちゃんが亡くなったとか?
弟が自殺したとか?

戻ってきたダンナが神妙な顔で「落ち着いて聞いてね・・・。」
と言ったときには「やっぱりおばあちゃんが?」と思ったのですが
その口から出た言葉に血の気が引きました。

マサッキーの実父が12月31日の23:00過ぎに急死したという連絡。

21:00まで仕事をして帰ってきたあとK-1をみて
風呂で心不全。
浴槽には浸かる前のようでした。

持病もなく元気でした。
モモちゃんとクーにお誕生日プレゼントも送ってきたし
12/30にはダンナの実家に伊勢エビを送ってきたので
おいしく食べました。
ついこの間電話で話をしたばかり。

まだ3人目の孫の顔を見せに行ってない。

もっと優しくすれば良かった。

頭の中ぐるぐる回りました。

なんか、今日はここまでで。



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